今週は夕涼み会で体育館が使えないため、稽古はお休みでした。
ですが、先週の稽古の帰りの際には、また来週!なんて言ってしまい。
稽古日記の最後にも、来週も通常通りの稽古です。なんて書いてしまい。
金曜の夜になって、他団体からの事務連絡でたまたま気が付いて。
あわてて皆さんに連絡をして、稽古日記も書き換えたのでした。
たしか、以前にもこんなことがあったような。しかも何回も?
<稽古予定>にはきちんと書いているのですけれどもね。。。
そんなわけで。
稽古なしの連絡のどさまぎに、稽古日記もお願いしました。
今回は、カジタさんの執筆です。
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今週は、学校行事のため体育館が使えず、稽古はお休みでした。
朝から、その行事にボランティアで参加しました。たった1時間でしたが、暑くてなかなかでした。
ボランティアを指示していた役員の方は、一日中、学校にいるとのことで、頭が下がります。
そういえば、私が高校時代に通った岐阜県多治見市では、日本一暑い街をアピールしてますが、暑さが酷かった記憶がありません。
たった数十年で、そんなに暑くなる訳はないので、鈍感だったのでしょうか?
この頃では、ご当地キャラの被り物が出て来て、熱中症予防を訴えているそうですが、40℃近くの暑さの中、被り物とは。
前々から気になってましたが、ネットでも、気遣う意見が幾つか出てました。
熱中症には、自分はともかく、子どもには特に気を付けさせたいと思います。
そんな訳で、今回の稽古日記では、最近の稽古で気をつけている事を書きます。
この頃は、以下の2点に特に注意して稽古してます。
1.力を抜く
2.腰から動く
入門当初からご指摘頂いている点で、今更といった感じですが、「ようやく出来るようになった」のではなく、「出来てないことに気づき始めた」といったところです。
気づいたのは、子供と六尺棒を稽古する時、ひどい時はワンテンポ遅れてしまうのですが、この原因を考えていた時でした。
どうも、速く動こうとすると、力が入り、動きにブレーキをかけているようです。
速く動く意識をせず、力を抜くことに集中すると、割とついていけます。それでもまだ少し遅れますが。
力を抜くことは、漢字を一筆書きの草書で書くような感じで、速く動こうとするのは、一画づつ楷書で書くことに似ていると思います。
速度はゆっくりでも、草書の方が早く書けます。
ただ、草書を書こうとして、ショートカットしたり、省略してはダメなんでしょうが。
先週の居合でも、とにかく力を抜くことに注意しましたが、それでも所々で力が入ってました。
つい、速く動こうと思うようで、この気持ちを無くすことが今後の課題だと思ってます。
腰から動くことも、遅れを無くすことにつながりそうです。
六尺棒七本目「かすみ」の棒廻しで、腰と棒の動きが一致することがあります(特に私の場合、左足を出す時)。
この時に急に速くなるので、それ以外の動きは、腰でなく手だけで廻しているのだろうと思います。
今後の稽古では、力が入った所と、腰から動けてない所を洗い出し、直していきたいと思います。
それは、毎回ご指摘頂いている点でもあるのですが。
「ようやく出来るようになった」時、今回の稽古日記を見て、「意外と早かったな」と言えれば良いなと思います。
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はい、よく書けていますね。
毎週毎週、コピペか!?みたいな誰かさんの日記とはだいぶ違い。
実感がこもった内容かと思います。
稽古でも仕事でも、なにかをお伝えして。
はい、はい。わかりました!
と即答するような人が、本当にわかっていた試しがなく。
そんなに簡単にわかるようなら苦労しないよなあ。
なんていつも思っています。
わからないということがわかる、というのが大事なことで。
普通の人は、わかっていないということがわかっていません。
#無知の知って、大事ですよね。ソクラテス
https://ja.wikipedia.org/wiki/無知
知らないこと、わからないこと、できないこと。
それらは決して、恥ずかしいことではないでしょう。
知らないから、わからないから、できないから。
学び、教わり、稽古をするのですから。
それよりも、それを取り繕おうとすることの方が問題で。
とくに、学びの場ではそれは害悪にしかなりません。
そして、悪気がなくても。
繊細さがなければ、気付かないこともあります。
スピードとパワー。魅力ですね。
でも、まずは気付くこと。
それを稽古しています。
それが大事です。
カジタさん。
横浜支部では最古参のお弟子さんのお一人です。
もともと素質がおありでしたが、とても上達されました。
とくに最近メキメキと、目を見張るものがありますね。
弟子が上達したならば、それは弟子の成果。
弟子が上達しなければ、それは師匠の責任。
そう思っています。
これからも、今まで通りに稽古を積んでいただければと思っています。
あ、そうそう。
いただいた文章にはタイトルがありませんでしたので、
横浜支部長が便宜上、つけました。
と言っても、本文から抜粋しただけですが。
でも、まるで古典文学かなにかのようで良いですよね。瀟洒
天の光はすべて星、とか
月は無慈悲な夜の女王、みたいな。
違うか。
来週こそ!通常通りの稽古です。
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