今回、お母さんはお休みで。
子どもーズ同士、お父さんズ同士で二人一組の稽古です。
一人で全員を相手に打太刀をやらなくて良いから楽かというと、
そんなこともなく。
二組を同時に見ないといけないのでかえって大変だったりします。
皆さんは掛かり稽古方式よりたくさん稽古ができて良いかというと、
そうとも限らず。
半棒は後半の形、大石神影流は二刀と小太刀に苦労されていて。
どうも、打太刀と息が合わないような。
とくに半棒の打太刀が難しい様子。剣術とは少し違うかもですね。
打太刀はもともと、上位の者が務めるものです。
仕太刀の様子を見て、間と間合いを計り、呼吸を合わせ。
打ち込みを加減して、わざとやられ役となり。
相手よりも少し(だいぶ?)上の技量がないと、難しいかもしれません。
二人一組で単なる申し合わせをするだけなら、また別でしょうが。
お互いにあれこれと口出しをするのは、親切心というよりは、
単に自分がやりにくいからだったりして。
相手に決まり切った手順で正確に動いてもらえれば、
こちらはなにも考えなくて良いから楽で良いのでしょう。
一瞬一瞬の状況判断、臨機応変な対応が必要ないですからね。
でもそれが楽しいとは、とても私には思えませんが。
もちろん、型を型としてきちんと稽古するには、
決まった形どおりに動いてもらう必要はありますが。
相手がどうであれ、稽古はできるものです。
相手が違う動きをしたときにどう応じるか。
それも大事な稽古かもしれません。
もちろんそのためには、決まった手順の稽古のときでも、
一瞬も油断はできません。でもそれが普通ですよね。
慣れによる油断は、厳に戒めるべきものです。
お互いに間違えてしまったときでも、やめてはいけない。
形はどうであれ、最後まで続けることが大事です。
形は一期一会です。一回一回を大事にしましょう。
そして、打太刀をしながらでも相手の動きをよく見ること。
自分の動きとの違いを観察して、自分の番のときにフィードバック。
そうすれば、相手に何も言われなくても上手になれます。
昔は、演武を見ても、勝つ方にばかり目が行っていました。
やられ役はカッコ悪いな、くらいに思っていたりして。
でも実は打太刀は、、、ということを知って。
だんだん打太刀や受けにばかり目が行くようになりました。
でもどうも、打太刀が上位者でない演武もあるような?
どちらが上位者かは、立ち居振る舞いを見ただけでわかります。
そして打太刀が上位者ではない演武は、、、。
見た目が上手かどうか、という話ではなく。
それは、演武ではなくて演舞でしょう。あくまでも演武。
ここら辺も見てわかると良いですね。
居合は大森流。
貫汪館では素抜き抜刀術と呼称されます。相手がいない一人稽古。
相手がいればそれなりにサマになっても、一人だと、、、。
でもだからと言って、見栄えを求めてしまってはいけない。
力強さやスピード、大きな動作、区切りのある動き。
こういったものは、傍から見てとてもわかりやすい。
でもそれはつまり、相手からは対処しやすいということでしょう。
見栄えを求めることなく、自己の内へ目を向けましょう。
あくまでストイックに。居合とは、そういうものだと思います。
本来は、人に見せることなく、一人で稽古するべきものかもしれません。
もっともこれは、居合に限ったことではないでしょうが。
来週も通常通りの稽古です。
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