夜もまだ明けやらぬうち、皆で車に分乗して出雲大社に向かいます。私は名古屋西支部長と一緒に、館長の車に乗せていただきました。館長は、人が来る前の出雲大社の写真を撮りたいとのこと。皆より30分早い5時30分に出発です。眠い。。。
外はまだ真っ暗で、前方に見える山影は黒々として畏怖を覚えます。まるでおおいかぶさってくるよう。大小詰八本目山影詰とはこのことでしょうか。走る車の後方の地平線から次第に赤らんできます。
6時前に出雲大社に到着。人気(ひとけ)のないおやしろはとても荘厳な感じがいたしました。空はようよう白くなりゆきますが紫の雲はたなびいてはおらず(春でもないですし)。
館長は一眼レフとコンパクトカメラをとっかえひっかえパシャパシャと。名古屋西支部長は撮影用アプリを入れたスマホでパシャパシャと。横浜支部長はガラケーでぽちっとな。
誰もいないかと思いきや、少ないながらもそれなりに人とすれ違います。おはようございますと声を掛けられるのは、紋付き袴の我々を神職かなにかと勘違いされているのか。あるいはそうではなくて、こんな時間に参拝されるような方々だからなのかもしれません。二礼四拍手一礼
ほどなく皆も合流。
昨年同様、八足門をくぐって正式参拝のあと、今年は神楽殿での奉納演武となりました。
館長が居合五本を奉納したあと、顧問や兄弟子、北大阪支部長と一緒に居合五本を奉納。続いて、直神影流薙刀術の御演武のあと、大石神影流剣術と渋川一流柔術の演武を奉納いたしました。
直会はレストラン神宴で出雲そばを美味しくいただき、例年同様(ただし昨年から)昇段審査の証書を館長から手渡され、解散となりました。
昨年は初めてのことでしたので右も左もわからず夢うつつのままに終わった感がありました。今年は二回目ですので、だいぶ余裕もできました。それでも前回と違う部分も多々あって。神楽殿は広くて演武の交代はスムーズにできましたが、下は畳でしたので多少の注意が必要でした。居合はゴザの上で、人数も多くて前後左右に気を遣いました。大石神影流は、手数名のアナウンスがいきなり入って少しびっくりしてしまいました。
最後の館長の二刀の演武の際に、これまたいきなりアナウンスを任されて、声が裏返ってしまったのはここだけの秘密です。
正式参拝と奉納演武がつつがなく終了したあとは、館長の案内でもう少し参拝や散策を。名古屋西支部長も一緒です。
昼ともなると、境内は参拝客でにぎわいます。ガイドに説明されながら参拝するツアー客も多数。夜明け前とはうってかわってなんだかまるで観光地だななんて思いました。でもそれも出雲大社には変わりなく。どちらも出雲大社なのでしょう。
稲佐の浜は、砂も水もとってもきれいで、砂浜にぽつんとある弁天島はとても不思議な感じがしました。
出雲市駅まで館長の車で送っていただき、特急やくもに乗って岡山へ。新幹線に乗り換えて新横浜へ。
8時半過ぎに無事に帰宅。足元にまとわりつく、二本足で立って人語をしゃべる子猫の相手をしながらなんとか荷ほどきをして、就寝となりました。
学校や職場は4月スタートで、武道の世界では1月スタートだったりします。でも私の中では、出雲大社の奉納演武が一つの大きな区切りのように感じられます。
またあらたな周期のスタートです。