貫汪館 横浜支部稽古

懸念されていた三度目の大雪にはならず、晴れの週半ばとなりました。
陽射しは強く直接当たると暑く感じるほどでしたが、気温は相変わらず低いまま。
歩道脇や日陰には、雪がまだ大量に残っています。
雪かきは人が歩くところしかされておらず、脇にどけられた雪は山となって残り。
日中に融けて、夜にまた冷えて固まってを繰り返してだんだん氷の固まりになり、融けにくくなっていつまでもそのままに。
表面は土や粉塵で黒くなってゴミも混ざり、見た目の良いものではありません。
歩くのに邪魔だから雪かきする人はいても、見た目が悪いからと日向に動かして融かそうと思う人はあまりいません。
なんだか人間の文明の象徴のように感じられます。
せめてふわふわの雪のまま白い山として残っていれば風情もあるのですが、それは雪の被害を受けていないから言えるわがままでしかないのでしょう。

 

不思議なのは、雪や氷がいつまでも融けずに残っていることです。
何年か前の大雪では、1か月ほど経ってもまだ残っていました。
水の融点は一般に摂氏0度と聞きます。
いくら日陰とはいえ、横浜の日中の気温は0度を超えているはずです。
なぜいつまでも融けずに残っているのでしょうか。
雪は、カケラではあっという間に融けて、蒸発してなくなってしまいます。
ですが集まると、中心の冷気が外周の雪を守り、外周の冷気が中心の雪を守り。
結果として全体が融けにくくなるのかと思います。
先に融けてなくなるのは外周の雪ですから、外周の雪は中心の雪の犠牲に
なっているようにも思えます。
それでも、カケラでいるよりは少しでも永らえることができます。
まるで人の営みを見ているようです。
個と群ではその性質が異なるのは、物質だけに限らず、単細胞生物に限らず、蟻や蜂、動物、人間でも変わらないのかと思います。
それは、良い悪いではなく、単にそういうものなのだということなのでしょう。
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デンさん、病み上がりですが稽古に参加とのご連絡あり。
幸いインフルエンザではなかったとのことですが、体力は通常の半分以下と。
稽古内容にも気を遣わなければなりません。
つい熱が入ると、2時間でも3時間でもぶっ続けで稽古をしてしまいます。
なんの説明もなく黙々と何度も繰り返したり、一生懸命説明をしたり。
当初は、大石神影流の手数をさらっと通して、無双神伝英信流は太刀打と詰合をさらっと通して、大森流を先に進もうと思っていたのですが。

さて。

 

早く来るのは少し難しいとのことで、いつもどおりの時間にお越しに。
着替えをお待ちする間、あれこれと質問されてお答えします。
貴重な時間かと思います。修業は単なる業の稽古だけでなし。
そういえば私も館長にあれこれとお聞きしたなあ、なんて思い出しました。
6時30分から稽古開始。
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大石神影流

試合口
いい感じです。張る動きができるようになっていました。剣に威があります。
ただ、最初の請ける動きが強すぎました。
張りに強さが出た分、それが悪く影響しているように見えました。
ですが、突きは逆に弱いままです。切っ先もふらふらと安定しません。
請けはしっかりと、でも柔らかく。そして、突きは鋭くと行きたいところです。
突きは、腕の力でがちがちに固めて突き込むのではありません。
手はあくまでも柔らかく、体全体で突く。
すべて、柔らかくということは共通していますが、強弱が難しいかもしれません。
強弱という表現も、いまひとつ適切ではないかもしれません。

 

ケガと病気は、稽古のチャンスです。
いつもはできることができなくなる反面、いつもはできないことができたりします。
体に力が入らないので無駄な力みが入らず、結果的に良い動きになったり。
頭が働かないので、体に任せて自然な動きができたり。
ふわふわな意識の中で、いつもは感じることのできない感覚を感じることも。
いつもは無自覚にできている動作も、できなくなったりもします。

でもそのときは、なぜできないのかを考えれば、より精度の高い動きにつなげることができるかもしれません。

 

見取り稽古もとても有用です。

ケガだから稽古をお休み、ではもったいない。
いつもは考えなしに動いてしまうところも、動きたくても動けません。
じっくりと観察をすることができます。

体が動かない分、目も頭もフル回転です。
先日の横浜講習会でも、ケガのため不参加ながらわざわざ見学にいらした方がいらっしゃいました。実はとってもよい稽古をしたのではないかと思います。
あっちの組もこっちの組も見放題です。
しかも自分は動きませんから、疲れ知らずですし。

 

陽之表
説明をしながら、十本をさらっと通します。とくに問題はありません。
あとは覚えるかどうか、でしょうか。
大石神影流剣術の稽古としては、もちろん打太刀もできなければなりません。

 

陽之裏
続いて陽之裏も。講習会で最初の三本を稽古しました。
確認すると、まったく覚えていないとのこと。
説明してからやっても、やはりピンと来ないようです。
講習会のときにはきちんと動いていらしたのですけれどもね。不思議です。
初めて稽古するかのように稽古しました。もちろんそれでも全然おっけーです。
形の手順ではなく、体の遣い方を稽古しています。導くのは打太刀のつとめ。
続いて四本目。手順はとてもシンプルです。さらっと流します。
さらに五本目。少し手順が複雑です。稽古していない構えや、片手斬りも。
苦労しながらもなんとか。

 

とりあえず今回はここまで。来週はまた陽之裏の続きを稽古しようと思います。
陽之裏くらいまでは、さらっと通せるようになれるといいなと思っています。
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無双神伝英信流

太刀打
さらっと通したいところですが、いつもなぜか請流で詰まってしまいます。
右足だろうが左足だろうが、問題はありません。形は自由自在に遣いたい。
でも、したくてもできないのでは困ります。
流派の掟が守れないのでは、それは単なる我流でしかありません。
別に空中で三回転する必要はありません。それほど難しいことではないはず。
できないのは、きっとなにか思い込みがあるのでしょう。頭か心か体に。
それを解きほぐす必要があります。
できないものはできないので、あまり繰り返しても仕方がありません。
できるときは、一瞬です。それはきっと、なにかがほぐれた瞬間なのでしょう。
その機会をじっと待って、何度も何度も繰り返すのですが。
ですが、繰り返すほどに凝り固まってしまうようでは困ります。
ご本人の心の問題なのかと思います。

 

詰合
比較的こちらの方が、さらっと通せます。
いくつかのコンセプトを組み合わせた感のある太刀打十本とは異なり、
詰合十本には全体のストーリーのようなものを感じます。

 

位弛もいい感じでした。
位弛の形の出来不出来は、はたから見てもわかるかもしれません。
でもそれは、外形上の話にしかすぎません。
実際に業として通用したかどうかは、打太刀にしかわからないこと。
少なくとも外形上はできていることは、必要最低条件ではありますが。
すっと立って、きちんと弛すことができていました。
すかされて思わず転びそうになる、というほどではありませんでしたが。

 

燕返に少し手間取りました。
どうも、歩みながらの攻防が苦手のような。一足一刀。
抜き払いも、すぱっと抜くことができません。どうしても二挙動に。
手の内も固いのか。かと言って、ぐにゃぐにゃがいいわけでももちろんなく。
軸をしっかりと、あとはいかようにも柔らかく。扇の要の例えあり

 

大森流初発刀
大森流を先に進もうと思っていたのですが、時間は残りわずかに。ああ。。。
いつもどおり二尺八寸の居合刀をお貸しして、初発刀を抜いていただきます。
あれれ、ちょっといまいちでしょうか。立ち上がりの軸がふらふらと。
やはり二週間ぶりの病み上がり、という感じがします。

 

抜き付けを少し稽古。
抜き掛ける柄頭を親指と人差し指で軽くつまんで、空間上をガイドします。
XYZの三軸で、無理無駄のない合理的な動きを求めています。
直線最短距離ではありませんが、あちこちと行ったり来たりはしません。
確認すると、よくわからないとのこと。
お一人で抜いていただき、いかに無駄な動きをしているかを逐一伝えます。
何度か繰り返すと、やっとおわかりいただけたようです。
普段、いかに無駄な動きをしているか。
腕だけ、足だけに気を配っても意味がありません。
総体として、空間上をいかに合理的に動くか。
普段、刀にばかり気を配ってはいけないと言います。体が中心だと。
ですが、反面、刀が勝手に空中を動くようにとも言います。
刀が自由に動くのを、体が邪魔をしてはいけない。
主観的にベストな動きができているつもりでも、客観的にはどうなのか。
独りよがりでは意味がありません。
透明人間が刀を操るように、見えない誰かの手が刀を抜いて行くように。
刀が自在なとき、体はただ邪魔なだけです。ただそこに、刀だけがある。

 

そしてそれは、最低限の基本でしかありません。
実際には目の前に、相手がいるはずです。
単に合理的な動きができたからと、それで済むことなのでしょうか。

 

抜き付けがワンランクアップしたところで、稽古終了。15分超過です。
来週は大森流を先に進もうと思います。
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最後は自分は動かずにただ説明だけで、寒さにぶるぶると震えながら片付け。
日曜はなんだか頭が痛いなと思いながら、終日ごろごろ。
夜になって熱を計ると36度9分でした。おでこに冷えピタを貼って就寝。
幸い月曜は問題なく出勤できました。

 

道端の雪山をスコップで砕いて、日向に撒いている人を見かけました。
残っている雪山も、子供の良い遊び場になったりしているようです。

H26.2.24